とある…同病ブローガー

相模原の障害者施設19人刺殺事件について様々な報道がされているけれど
僕が思うに、あの事件の根本は簡単なことだと思っている

要するにあの容疑者は健常者の障害者への思いを代表して事件を起こしたに過ぎないと思っている。

つまり、障害者なんて世の中には邪魔だ!と
ほとんどの健常者は思っている考えを彼は行動にしただけに過ぎない。

メディアに出ている自称評論家たちは容疑者のことを卑劣な人間などと
(僕に言わせれば)キレイごとを言っているにすぎないと感じている。

なぜそのような人たちがキレイごとを言えるのかというと、
本人自体(ほとんどの健常者)がそのような障害者
に関わろうとしていないだけにすぎないからだと思っている。

ハッキリと言うと関わろうとしない理由は関わると面倒なことになるから、関わりたくない
という本音から避けているに過ぎないのだと確信している。

少し前に紹介した以下のような2ちゃんねるに投稿されている

内容も、ほとんどの健常者の思いを代弁していると思っている。

「障害者は死ね !
2ちゃんねる)」

「障害者って生きてる価値はあるのでしょうか?
(2ちゃんねる)」

結局、障害者は健常者に
とって邪魔者でしかない。
みんなそう思っているのだ。
僕自身、障害者となってからも8年間、いろんな場面で健常者から「邪魔な奴だ」
というような対応や
そういう健常者の思いを感じたことを挙げると
枚挙暇がない・・
家族からさえもそんな思いを感じる事さえあった。
僕は障害者になってからというもの、他人の感情にひどく敏感になっている。

今その人はどんな思いを抱いているのか、
その下の目やちょっとした仕草ですぐに
わかるようになってしまっている。
それは何十回という、いや何百回という
前述のような「邪魔なやつだ」というような
対応をされたりそのような言葉を聞いていると
自然に敏感になってくるものだ。

この記事を読んで
私は絶対にそんなことはないと思う人もいるだろうけれど
実は単に関わろうとしていない、そして避けているだけの人だと
少なくとも僕は思っている。
それ故、今回の事件は
(いつもきれいごとを言っている)
健常者たちの思いを代弁した形の事件と僕は思っている。

これは僕の正直な気持ちである。
たとえそうであっても
僕は健常者に負けるつもりはない。
いや、健常者よりも社会に役に立つことをしてみせる。

そんな思いがあるからこそ、日々嫌な思いをしながらも、
僕は必死で生きていこうとしているのだと思う。



同感ですm(_ _)m